| そして始皇帝にも、こうした知識があったのでしょう。その証拠に、秦の始皇帝が造ろうとしたのは万里の長城だけではありませんでした。長城建設のかたわら、世界最大の宮殿・阿房宮、さらに死後の巨大地下王国・始皇帝陵の建設にも着手していたのです。残念ながら、始皇帝はその完成を見ることなく死に、秦朝も数年後に滅亡してしまいました。始皇帝は、この三大建造物を造り上げることで、地龍の力それも最大級の「大地之龍」を我がものにして、秦朝を永久に栄える王朝に仕立てようと考えていたのです。 実は、万里の長城は始皇帝以前からさまざまな国や王朝が造ってきていた各地の長城を、始皇帝がすべて繋ぎ合わせて一つにしたものなのです。始皇帝は、その工事で各地の山龍を一つの巨大な山龍つまり龍脈にしてしまいました。そのエネルギーを取り込んで、都・咸陽と秦王朝を千年王国にしようとしたのです。同時に、超巨大宮殿「阿房宮」を建造して「大地之龍」の力が皇帝の一身に集中するようにし、さらに「驪山帝陵」という巨大墓陵の建設によって、地龍の力を子々孫々にまで与えようと考えたのです。 また同時に、この三大建造物によって天と人と地とを象徴させ、始皇帝は全てを自分の掌中に収めようとしたのです。 「天」=山々の峰を東の渤海湾から西の嘉峪関までつなぐ万里の長城をもって象徴。 「人」=周囲240km、その前殿だけで54万平方km という規模の「阿房宮」が象徴。 「地」=地底深くに埋め隠された「驪山帝陵」と多数の兵馬俑。全体約56平方kmという世界最大規模の墓陵が象徴。 |