| 最古の風水戦争 さて、中国で初めてこの「大地之龍」という力を使いこなしたのが、今から五千年前の黄帝(軒轅氏)です。黄帝は中国では漢民族の始祖として、また養蚕・文字・音律・医学・算数などの制定をした存在としてあがめられる存在です。 その黄帝が炎帝(神農氏)と戦った際に用いたのが「指南車」(初期の羅盤)でした。自らが考案した指南車を用い、更に「風水」の術を施し、ついに炎帝を破りました。炎帝の配下の蚩尤という空を飛び断崖絶壁を走るという超能力を持った怪人一族が黄帝に戦いを挑んでくると、黄帝は蚩尤の進攻を防ぐために、應龍(空中を飛ぶ物体)を派遣、更に大量の水を集めて「火神」である蚩尤軍隊を迎え撃ったのです。蚩尤は敗れたものの、風伯雨師に依頼して大風大雨を使って黄帝に対抗し、ついに黄帝を破りました。すると黄帝は、火と風雨を操ることができ自分の娘でもある魃に頼み……。ここに登場する「風伯雨師」とは、古文献に記載されている気象観測員のことです。その後の周・秦・漢の時代にも風伯・雨師は活躍しており「龍師」や「龍史」と呼ばれていたのです。実は、気象制御つまり龍神(自然のエネルギー)が生み出す力を操っていた彼らこそが、後の「国師」、「気象官」、そして「風水師」なのです。 この黄帝と蚩尤の戦いは、中国史上に初めて見受けられる風水戦争です。この戦いの中で黄帝は「奇門遁甲」と「風水」(戦争の為の兵法風水)の秘術を編み出したとも言われています。いずれにしても、一つの真実は龍(風雨、風水)をよく操れる者が天下をも操れるということです。だからこそ「風水」が国家の興亡を決定する一大テクノロジーとして影響力を持ち、戦争の行方を左右し、歴代の朝廷や国家の栄枯盛衰を陰から影響を与え、中国の歴史を大きく動かし続けてきたのです。 |