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各占星学の比較
紫微斗数、七政四余、そして現代の星象学、どれも一般に占星術と呼ばれることも多いのですが、何が最大の違いなのでしょうか。紫微斗数の「星」は、実際の天体ではありません。計算上で導き出される抽象的な星だということも差異に違いありません。しかし、運命学として重要なポイントは他にあります。
暦法の違い
【紫微斗数】 ※紫微斗数は、南斗と北斗という一種の架空上の星座中の諸星を使用。また北斗七星の方向で月初を定める。 紫微斗数が使用する暦は「純陰暦」です。これはイスラム国家が採用する回暦と同種のもので、一年が330日程しかなく、また閏月も存在しません。これの問題は、もしも閏月に生まれた人の場合、大きな問題と矛盾が出てしまい解決しようが無いことです。 一般に誤解があるかも知れませんので、すこし解説を加えておきます。 紫微斗数が採用しているのは決して「太陰太陽暦」ではなく、「太陰暦」なのです。 もしも紫微斗数が「太陰太陽暦」を採用しているなら「節気」で閏月の問題を解決できるはずです。ただ、そうすると、紫微斗数は「斗数」でなくなってしまいますし、実際、紫微斗数では「節気」を使用していません。
仮に「節気」で解決しようとすると、@閏月の度に命宮の配置場所が一つ跳んでしまい、結果、命盤全体の配置が大混乱することになる。Aまた、旧暦平年の五月五日生まれの人は、そのまま「五月生」とすれば何も問題はないが、「節気」を入れた途端に《芒種》前に生まれた人は五月生まれでも「四月生まれ」となり、これまた混乱を生む。というような問題を抱えてしまうのです。
※ここで言う“閏月の問題”とは、閏月の際に紫微斗数では命宮をどう算出するかという問題。※閏月とは、暦上で太陽暦と太陰暦のズレを調整する為に、重複して同じ月を配置すること。※月がダブっても四柱推命などでは「節気」つまり太陽の位置が基準になるので問題にはなりません。※斗数とは、北斗七星を中心にした天空の星星の運行という意味です。 結局、紫微斗数では「閏月生まれの人」に対して、三種類の方法でとりあえず解決させています。(一)前月に帰す方法。(二)次月に帰す方法。(三)月の前半生まれなら前月、後半なら次月に帰す方法です。しかし、よく考えてみてください。地球は一分一秒も休むことなく黄道を回り続けているのです。どうして突然戻ったりしなければいけないのでしょうか。既に天理に反していることになります。 例として、閏五月五日生まれの人を挙げましょう。(一)の方法なら前月五月五日、(二)の方法なら六月五日、(三)の方法なら月前半なので五月五日、となります。つまり、閏五月五日・五月五日・六月五日の三者の「命」は完全に同じになるわけです。「宇宙に一つとして完全に同一のものは存在しえない」という天の法則に明らかに違反しているのです。
結論として、紫微斗数は本来「太陰暦」で出来ているので、もともと「閏月」を論じる必要が無いのです。また、『紫微斗数総訣』に「希夷、天上の星を仰ぎ観て、斗数を作り為して人命を推す。『五星要過節』に依らず、只『年月日時生』を論ず」とあります。これは、星学が用いる節気で年月を区切る方法(太陰太陽暦・閏月あり)を使わないで、ただ出生年月日時(太陰暦・閏月なし)を使いなさい、と言っているのです。 もう一つ、一般に紫微斗数は陳希夷(中国・五代時代の有名な道士)が発明したことになっていますが、それは単なるこじ付けです。実際には、明朝末期の道士が作ったもので、僅か十八個の星を使った《十八飛星》でした。そして、今世に伝わっているものは清朝中期の道光年間に、ある術士によって偽造された百十個の星を使った《紫微斗数》であり、そして最近最も普及している《十四星紫微斗数》なのです。 本当に、陳希夷が研究校正を行ったものは、二千余の星を使った《古老星学》なのです。(※詳細は、筆者編纂の『星海辞林』を参照のこと。)
【七政四余】 ※七政四余は、黄道十二宮と太陽系天体を基にする。 七政四余が使用する暦は「太陽太陰暦」です。一般には旧暦や農暦などとも称されます。一年は平年で354〜355日、閏年で384〜385日、2年半に一回閏月を置きます。四季の変化や月の朔望をみる暦としては非常に正確な太陰太陽暦ですが、これを用いた七政四余では、緯度経度の位置情報を使わないことから、運命方向を導く「命宮」の算出が概算になってしまいます。その点では、正確さに欠けると言えます。
【星象学】 ※現代の星象学は、黄道十二宮と太陽系天体に加えて、110個の恒星を使用。 星象学が使用する暦は「太陽暦」です。一年は平年で365日、閏年で366日です。緯度経度などの位置情報も加え、さらに詳細な命宮や命度を算出します。
命宮配置の違い
命宮は、その人の一生の全体を方向付ける大事な場所です。しかし、古来からその配置の仕方には諸説あります。下に、紫微斗数と七政四余の命宮配置の考え方を図示しておきます。
※例は、《農暦》庚子年十一月十三日辰時(1960年12月30日09:45)を使っています。
【紫微斗数】 特に、この紫微斗数の命宮の配置方法は、他の運命学のものと大きく異なります。

【現代星象学】 基本的に上の七政四余と同じ考え方です。唯一、月の区切りが七政四余が伝統的な二十四節気中の節気なのに対して、現代の星象学は「中気」だということが違いです。 しかし、星象学は出生時間に加えて、出生地域(緯度経度)を考慮します。そのために、命宮がそれに応じて変動します。上は台湾で計算した場合だったのですが、もしも日本ならば右隣の「亥」が命宮の位置になるという具合です。 詳細は省略しますが、結論として、命宮の配置方法は七政四余や星象学が正確であり、紫微斗数の命宮には問題があるということです。
一般運命学の足りないところ
占星、観気などといった「星学」は、一切の運命学あるいは予測学の根本です。正確だからこそ、古くから《帝王学》と呼ばれ、重要だったからこそ古代国家最高の天文機関「欽天監」がその任を負っていたのです。傍流亜流とはいえ、紫微斗数なども星学の枝葉の一つです。さらに精度を極めようとするなら、『易経』や星学(明朝『星学大成』、明朝『果老星宗』)を研究する必要があります。 また、東洋の運命学の多くは、六十干支(甲子・乙丑・丙寅・丁卯…)を用います。つまり、60年1サイクルのパターンで命を分類するということになります。月日時を含めて、計算してみると、60年×12月×30日×12刻×2(陰陽順逆の別)=518,400種類。これだけのパターンの運命が出来るのなら、十分と言える気もします。しかし、現代60億の世界人口から考えた場合、同じ「命」の人も相当数この世に存在していることになるわけです。どんなに多くの人がいても、人はそれぞれ独立した人格を持ち、独自の「命」を持っているのが人間ではないでしょうか。 それに、60年の時間を超えた未来や過去には、全く同じパターンになる人物も出てくることになります。つまり、自分と同じ人格と運命の人が過去と未来60年ごとに現れるということになってしまうのです。これは「子平八字」(四柱推命)と「紫微斗数」の大きな死角なのです。 さらに、伝統の占術のほとんどが、1日24時間を2時間一区切りの1日12刻としています。これでは、双子が生まれた場合など、全くお手上げの状態になってしまうのです。
天文と結びついた運命学
紫微斗数や四柱推命などでも、日常生活の中での単純な状況なら大差なく判断することも可能です。しかし、より特殊な状況、時代背景などを考慮しなければいけない、あるいは国や社会情勢などの大局を判断する場合には、限界があるということなのです。 「宇宙には一つとして完全に同じものは存在しない」という絶対条件に考えるなら、そこに近づく為には、天文情報あるいは時間と空間情報を考慮していく必要があるということなのです。

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