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 殷墟出土の璽
中国や台湾のみならず日本を含め東アジアに広まり根付いている「印章」あるいは「印鑑」の文化。今、日常見慣れてありふれたこの印は、私たちの先祖たちが思いを込めて生み出したものです。今回は「印章」について、触れてみたいと思います。
古代中国では、封印(朝廷が官吏をある地位や職に任ずる際に用いる)や符印(道教などの符術で避邪招福の目的で用いる)などはかなり早い時期から使用されていました。そして、役人や官吏、将軍や宰相、そして皇帝たちは、常に自らの傍らに「印」を置いていたのです。「印」とは、官位や地位や権力を表わすだけではなく、富や福の象徴であったからです。
消災解厄の印
それが単なる象徴だけではなく、文字を刻んだ石や玉そのものに一種の「力」が宿っていることを先人たちは経験的に感じ取っていたのでしょう。孔子は、特殊な石を叩き音を鳴らす「撃磬養身」の法によって七十三歳まで生きたと言われ、清の乾隆帝はこうした石を「天下第一石」、「靈璧石」と呼んでいます。古来、洋の東西の文明を問わずさまざまな「石」が尊重されてきました。それは宝石としての装飾の意味だけではなく、石が宿すエネルギーを積極的に利用していたのでしょう。
 漢・玉印
 戦国・象牙印
 魏・金印
周亮工(明朝末の官吏。古文物の収蔵家としても有名。ゆえに頼古堂の號を持つ。特に「印章」を強烈に愛し『印人傳』や『頼古堂印譜』を撰)は、印章に纏わる多くの故事やエピソードを書き残しています。たとえば、 ――ある時、畑の土の中から農民が鉄を鋳造した印章が見つけたので、ある老儒者のところに持って行ってみました。すると、その印は南宋の忠臣・文天祥という人物のものだとわかったのです。文天祥とは宋の丞相で、元軍の侵入に徹底して抗戦、フビライハンにもその能力と人格を惜しまれ仕官を再三勧められるも、宋への忠義を通して処刑の道を選んだという人物です。そして、この印を老儒者が使って疫病に罹った人を治した。 ――またある時、周亮工自身が呂公祠(太公望を祀った祠)で祈ると、不思議なことに海瑞が夢に現われました。海瑞とは、明の政治家で嘉靖帝が国政を省みず宗教に傾倒するのを、死を覚悟して諫言を行なった清廉忠義の官として有名な人物です。後日、周亮具は友人から、天然黄泥石を精錬して作られ「掌風化之官」と彫られた印を譲り受けるのですが、それがなんと海瑞の官印でした。周亮工は、その印に特別な力のあることを知り、招福消災に用いた、というのです。

印鑑は、何かの承認をするという用途を超えた作用を持つことがある、ということなのでしょう。印とは、特殊なエネルギーを有した玉石を用いることに意味があるのでしょうか、それとも特別な意味や力を持った文字を刻むことに意味があるのでしょうか。おそらく、その結合にこそ消災招福の印章の秘密があるのかもしれません。
私の友人に中医医師がいます。医学と易学に通じる彼が、かつて山東の泗濱浮石を手に入れました。一般には「 石」と呼ばれ、中国伝統医療の中では最も古くから使われてきた特殊な石で、主に《刮 》などの治療法に用いられるものです。彼は、この石に「依我磬聲・天地祥瑞」「百病盡除・永保福康」、更に名前を彫り込んで印章の機能をも持たせました。すると、効果が上ったというのです。これを聞いて思い出したのは、古代の神医・扁鵲も虎符を彫った 石を用いると驚くほどの治癒効果が出ると言っていることです。

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