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田宮 規雄 |
ご挨拶
私は現在、占い師として活動しているが、最初になりたいと思った職業は小説家である。中学生の時分から小説めいたものを書いていた記憶がある。当時の愛読書が松本清張やアイザック・アシモフで、このころすでに大人の小説を読みふけっていた。大学生のころは、ジュニア小説なども書いた。
30を過ぎて、ミステリーに転向した。と同時に、小説講座に通い始めた。講師は『伯林(ベルリン)――1888年』で江戸川乱歩賞を受賞した海渡英祐氏。週一回のペースで、私の小説講座通いは十年に及んだ。今回、発表する小説はそのころに書いたもので、当然のことながら、パソコンも携帯電話も出てこない。読者が、小説の背景に違和感を覚えるとすれば、それはそうした事情からである。 小説の主人公笹岡は、コードレスホンの傍受をしていて、偶然に殺人計画を聞いてしまう。彼は、犯行を阻止できるのか? そして、タイトルの表す「殺意の半径」とは、いったい……
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笹岡のアパートから工場に向かう途中に、警察署があった。だが、笹岡はその前を通るのがいやで、いつも迂回したコースをとった。警察、という言葉を聞いただけで、身が縮むような思いがする……。
数年前、笹岡はある詐欺事件にかかわった。会員権商法とよばれる悪徳商法で、笹岡はその尖兵となった。社会問題にまでなった事件で、従犯とはいえその責任は重い、と懲役2年の実刑判決をいいわたされたのである。
高い塀の中で、笹岡は2年の時間を過ごした。40歳の誕生日を迎えたのも、その塀の中だ。そして、妻の真沙美と離婚をしたのも……。真沙美は、人を介して離婚の意思を伝えてきた。笹岡はそれに応じた。
刑務所の中で、笹岡は何度も妻の夢を見た。未練がなかったわけではない。が、彼女はまだ若く、そして生活をしていかなければならなかった。塀の中にいては、真沙美に対して、何の手をさしのべてやることもできない。
真沙美とは、タクシーの運転手をしているころに知り合った。彼女は、笹岡がよく行くスナックのホステスをしていた。9つ年下で、小柄で、美人だった。水商売ずれした女が多い中で、真沙美だけはちがっていた。服装のセンスがよく、目が輝いていて、群鶏の一鶴を思わせた。 ホステスという職業自体にも、見下すような気持は起こらなかった。むしろ、若い女が東京で一人で生活していくのは大変なことにちがいない、という同情が涌いた。
真沙美と結婚していなかったら……と、笹岡は思う。おれも、あんな事件にまきこまれなかったかもしれない。
一度、面会に来た真沙美にそのことをいって、笹岡はなじられた。
『あなた、わたしのために、あんなことをやったっていうの?』
真沙美の目が、非難するような色をおびた。美しい顔が、かすかにゆがんだ。
『あなたが勝手にタクシーやめて、勝手にあんな会社にはいったんじゃない。わたしはただ……あなたと一緒にいられればよかったのよ。わたしのためにやっただなんて、いわないで。どれだけわたしが迷惑したか、考えたことある?』
『それは……そうだが』
笹岡は口ごもった。自分が、小さな人間になったような気がした。
たしかに……彼女のためだけにやった、といえば嘘になるだろう。笹岡自身も、タクシー・ドライバーの生活に嫌気がさしていたことは事実である。長時間にわたる苛酷な路面労働。一出番20時間勤務を超える運転手はざらにいる。そして、客からは、使用人に対するような言葉を浴びせられる……。
給料の建前をとってはいるが、実質は完全歩合制といってよかった。病気にでもなれば、すぐに生活そのものがおびやかされる。笹岡の勤めていたような、規模の小さな会社では、退職金の制度さえない。
収入をふやすためには、営収を上げねばならず、当然のことながら、稼働時間が長くなる。また、営収と走行キロとは比例するから、いきおい、取り締まりにおびえながらスピードを上げることになる。深夜の街を、目を皿のようにして、客をさがして走りまわるのだ。
早朝になって帰庫すると、体が綿のように疲れていた。洗車する気力も残っていない。ことに、雨の日や雪の日はなおさらだ。
そんなタクシー運転手の生活に、嫌気がさしていたのは事実だ。
明け番の日、新聞で幹部候補生募集の求人広告を見つけ、だめでもともとと応募したところ、採用となった。そんないきさつで、笹岡は事件とかかわることになったのである。
たしかに、金にはなった。自分が、かつて得たこともないほどの額を手にした。が、いま考えれば、それは正当な報酬などではなく、分捕った金を山分けしている、といった感覚だったろう。笹岡は外車に乗り、高級マンションに住み、銀座で豪遊した。営業成績が落ちると、靴で頭を張られ、その靴に注いだ酒を、みんなの前で飲まされた。一種熱狂した、催眠状態にあるような一時期だった。
笹岡は2年の刑期を終え、出所した。保護司の紹介で、飯塚の経営する自動車整備工場に就職したのが、昨年の暮れのことである。タクシーにもどる気はしなかった。
勤めはじめてからも、しばらくは、息を殺し、身をひそめるようにして過ごした。過去を知っているのは、社長の飯塚だけだったが、他の社員が向ける何気ない視線に、笹岡はおびえ、体をかたくした。
暗い、せま苦しいアパートの部屋にもどると、はじめてほっとできる。数年ぶりの酒を飲んだ。わずかな酒に酔ってしまう自分が情けなかった。
刑務所の房にいる夢をよく見た。夜中に目覚め、布団から起き上がって周囲を見まわす。街路灯の光が、カーテンをうっすらと染め、室内のわずかな調度の輪郭を浮き上がらせている。笹岡は、ほっと息をもらして、夜具にもぐりこむ。
ひさしぶりに行った、新宿の人出の多さに、笹岡はあらためておどろいた。何人もの人と体が接触し、肩がぶつかった。何も、繁華街の人出が急にふえたわけではないだろうが、そのあまりにも多い人の数に、息がつまる。笹岡は頭が痛くなった。
『あら……』
声に、笹岡はふり向いた。
シルバー・フォックスのコートを羽織った女が、立っていた。真沙美と同じ店にいた女で、名前はたしか……
『春菜です。憶えてます?』
と、彼女はいった。
『ああ』
『いつ……こちらに?』
刑務所から出てきたのか、と春菜はきいた。
『つい、最近』
『そう。大変だったでしょうね』
『それより、女房……いや、真沙美のことを何か聞いてない?』
『真沙美さんのこと? 彼女、再婚したらしいわ』
『そうか……』
予想していなかったわけではないが、笹岡の胸に苦いものが流れた。彼は、唇をかんだ。
『で、どんな相手なの?』
『あたしも、よくは知らないんだけれど、旦那の方も再婚ですって。何でも、前の奥さんを事故で亡くしたとか……』
『そう。いま、彼女どこに住んでいるのかな?』
『さあ、知らないわ』
春菜は、笹岡の目を見つめた。
『気持はわかるけど、彼女のこと探そうなんて考えない方がいい。忘れること。そうじゃないと、笹岡さん自身も幸せになれないわ』
『わかっているよ』
真沙美は……と、笹岡は思った。どこで、どんな生活を送っているのだろう。もはや、自分とは無縁になってしまった女。この世界のどこかに、真沙美がいる。自分が吸っているのと同じ空気を、真沙美も吸っている。その思いは、笹岡を悩ませた。
……続く
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田宮 規雄(たみや・のりお) プロフィール |
1951年広島県生まれ。占術家の長男として生まれ、父親の薫陶を受けて育つ。23歳から本格的に中国占術の研究に入り、透派13代掌門張耀文師より「印可」を授かる。占い専門学校などでの講師歴は30年に及ぶ。中国系占術のみならず、西洋占星術にも通じている。現在、中国開運占術学会を主宰。日本占術協会理事。
著書に『三式家相盤完成図』『七政星術奥義』などの専門書をはじめ、『秘伝紫薇斗数占術』(祥伝社)、『赤ちゃんの命名事典』(小学館)、『たまひよ版赤ちゃんのしあわせ名前事典』(ベネッセ)、『もっともわかりやすい紫微斗数占い』(説話社)などがある。「MISTY」「恋運暦」「たまごクラブ」などの雑誌でも活躍中。中国占術による鑑定、教授、パソコンソフトの取り扱いなども行っている。
@nifty:アジアン占術物語「中国式四柱推命」「紫微斗数」が人気。
田宮規雄の占い塾HP→http://tamiya.chu.jp/index.html
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