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翌日、笹岡は病院に八木を見舞った。八木の入院した病院は、上り電車に1駅乗った町だった。頼まれた品に加えて、スーパーで新しいパジャマも買った。
病室は六人部屋である。八木のベッドは窓際で、そこからは病院の中庭が見下ろせた。鮮やかな花に彩られた花壇、丸く刈りこまれた植えこみ。そのまわりを、ガウン姿の入院患者や、白衣の病院関係者が歩いていた。
八木は、眠っているのか、目を閉じている。少し、やつれたように見えた。ベッドの脇には、点滴の容器をつるしたスタンドが立っており、そこからチューブが伸びていた。
「八木君」
と、笹岡は声をかけた。眠っているのなら、看護婦に品物をことづけて帰るつもりだった。
八木が、うっすらと目をひらいた。どこか、ぼんやりとした印象があった。
「ああ……笹岡さん」
笹岡はパイプチェアをひらいて、それに腰を下ろすと、
「どう、具合は?」
と、きいた。
「ええ……。肺炎だそうです。2週間から1カ月ぐらいかかるって……」
「そうか。熱は?」
「きのうは40度ぐらいありましたけど、いまは少し引いて……」
「頼まれた物を持って来た。それから、これも――」
笹岡は、携帯用受信機を見せた。八木の部屋にあったものだ。
「元気になったら、退屈するだろうから」
八木の表情がほころんだ。
「ところで、行ってくれましたか」
「えっ?」
け・い・さ・つ――と、八木は唇を動かした。
「行ったが、相手にしてもらえなかった。どうしようもないらしい」
笹岡は、八木から顔をそむけるようにして答えた。
「そんな……」
「しかたがないさ。雲をつかむような話なんだから」
八木は、しばらく目を宙に向けていた。何か考えているのか、あるいは、ただぼんやりしているのか。
「ところで――」
と、笹岡はいった。
「発信源を特定する方法はないのかな? 実は……きのうも、ワッチしていて、傍受したんだ。やはり、秘話がかかっていた。どうも、そういう機種らしい」
八木の瞼が、わずかに上がった。
「指向性のアンテナを取り付ければ、発信源の方向はわかります。それから、電界強度計のSメーターで――」
「うん……しかし、おれには、その操作法やテクニックもよくわからない」
「笹岡さん。ぼくの受信機を使ってください」
八木は、笹岡が持って来た受信機に手を伸ばした。
「これは、ぼくが改造して、内部に秘話解読用のICを取り付けてあるんです。入感したら、その場でくるりと一まわりするんです。感度のよい方向が発信源です。発信源に近づいたら、アンテナをはずして、代わりにゼムクリップか何かをさしこめばいい。だけど……」
八木は、ふっと息をもらした。
「発信源を特定するまで、相手が通話をしてくれないことには……」
「それはそうだ」
「笹岡さん――」
八木が、目を向けた。
「あの発信源、そんなに遠くはないですよ。感度がいいから。おそらく、半径200メートルぐらいの範囲内に、男はいます」
笹岡は、八木の受信機を手にして、病院をあとにした。駅に向かう。ノートにあったマサミについてもたずねたのだが、よく憶えていないという。
切符を買って、改札をはいる。ホームには、下り電車が入線しているようだった。笹岡は階段をかけおりた。ホームにとびおりるのと、電車のドアが閉まるのとが同時だった。
「くそっ」
舌打ちをする。
電車が動き出した。
見るともなく見ていた笹岡は、思わずはっとした。
真沙美!……その電車には、真沙美が乗っていた。見まちがいようはなかった。真沙美はドア際に立って、外を見ている。だが、笹岡には気づかないようすで、おだやかな表情をしていた。
笹岡は呆然とその電車を見送った。真沙美の姿が小さくなり、電車が轟音を立てて走り去った。
駅のホームが、ガランと空虚になり、発車案内の電光標示板が切り替わった。
「真沙美……」
笹岡はホームに立ちつくし、胸をあえがせた。
真沙美が電車に乗っていたからといって、この沿線に住んでいるとはかぎらない。――笹岡はそう思おうとしたが、その考えには説得力がなかった。
マサミ。30代。もとホステス。電話の声。電車……。
まちがいなかった。真沙美はすぐ近くに住んでいる。そして――命をねらわれているのだ!
笹岡は電車を降りた。
階段を上る。周囲の人込みを見まわしたが、もちろん真沙美の姿はない。
あと五秒……五秒早ければ、笹岡はあの電車にとび乗っていただろう。それを思うと、悔やんでも悔やみ切れなかった。
通りに出た。アパートへの道を歩く。真沙美も、この同じ道を歩いたのだろう。
笹岡は、周囲に目を配りながら進んだ。通りに並んだ店の一つで、真沙美が買い物をしていることを期待したが、彼女の姿はどこにもなかった。駅近くの銀行などに立ち寄っている可能性もある。
ガラス・ドア越しに中をのぞきこんだが、休日で店内にはシャッターが降りていて、キャッシュ・ディスペンサーの前には、若い男が一人いるだけだった。
笹岡は息をもらした。
アパートが近づいてきた。
すぐそばを、4メートル道路が走っている。その道路をはさんで北側には、笹岡は足を踏み入れたことがない。
とにかく、この周辺を歩いてみよう――と、笹岡は思った。アパートの周囲、半径200メートルの地域を、しっかりと目に収めておくつもりだった。
笹岡は行きつもどりつし、細い道にも足を踏み入れた。建て売り住宅だろうか、真新しい家がある。一階がクリーニング店になっている四階建てのビル。煙草屋。酒屋の上には、美容院がはいっていた。下がコンビニエンス・ストアになったマンションもある。
笹岡は、どこか見知らぬ土地を歩きまわっている錯覚にとらわれた。
……続く
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