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田宮規雄のミステリー小説
田宮 規雄
田宮 規雄

ご挨拶
  私は現在、占い師として活動しているが、最初になりたいと思った職業は小説家である。中学生の時分から小説めいたものを書いていた記憶がある。当時の愛読書が松本清張やアイザック・アシモフで、このころすでに大人の小説を読みふけっていた。大学生のころは、ジュニア小説なども書いた。
 30を過ぎて、ミステリーに転向した。と同時に、小説講座に通い始めた。講師は『伯林(ベルリン)――1888年』で江戸川乱歩賞を受賞した海渡英祐氏。週一回のペースで、私の小説講座通いは十年に及んだ。今回、発表する小説はそのころに書いたもので、当然のことながら、パソコンも携帯電話も出てこない。読者が、小説の背景に違和感を覚えるとすれば、それはそうした事情からである。
 小説の主人公笹岡は、コードレスホンの傍受をしていて、偶然に殺人計画を聞いてしまう。彼は、犯行を阻止できるのか? そして、タイトルの表す「殺意の半径」とは、いったい……

  殺意の半径  (6)


latest update 2007/12/28


― 6 ―


 翌日、笹岡は病院に八木を見舞った。八木の入院した病院は、上り電車に1駅乗った町だった。頼まれた品に加えて、スーパーで新しいパジャマも買った。
 病室は六人部屋である。八木のベッドは窓際で、そこからは病院の中庭が見下ろせた。鮮やかな花に彩られた花壇、丸く刈りこまれた植えこみ。そのまわりを、ガウン姿の入院患者や、白衣の病院関係者が歩いていた。
 八木は、眠っているのか、目を閉じている。少し、やつれたように見えた。ベッドの脇には、点滴の容器をつるしたスタンドが立っており、そこからチューブが伸びていた。
「八木君」
 と、笹岡は声をかけた。眠っているのなら、看護婦に品物をことづけて帰るつもりだった。
 八木が、うっすらと目をひらいた。どこか、ぼんやりとした印象があった。
「ああ……笹岡さん」
 笹岡はパイプチェアをひらいて、それに腰を下ろすと、
「どう、具合は?」
 と、きいた。
「ええ……。肺炎だそうです。2週間から1カ月ぐらいかかるって……」
「そうか。熱は?」
「きのうは40度ぐらいありましたけど、いまは少し引いて……」
「頼まれた物を持って来た。それから、これも――」
 笹岡は、携帯用受信機を見せた。八木の部屋にあったものだ。
「元気になったら、退屈するだろうから」
 八木の表情がほころんだ。
「ところで、行ってくれましたか」
「えっ?」
 け・い・さ・つ――と、八木は唇を動かした。
「行ったが、相手にしてもらえなかった。どうしようもないらしい」
 笹岡は、八木から顔をそむけるようにして答えた。
「そんな……」
「しかたがないさ。雲をつかむような話なんだから」
 八木は、しばらく目を宙に向けていた。何か考えているのか、あるいは、ただぼんやりしているのか。
「ところで――」
 と、笹岡はいった。
「発信源を特定する方法はないのかな? 実は……きのうも、ワッチしていて、傍受したんだ。やはり、秘話がかかっていた。どうも、そういう機種らしい」
 八木の瞼が、わずかに上がった。
「指向性のアンテナを取り付ければ、発信源の方向はわかります。それから、電界強度計のSメーターで――」
「うん……しかし、おれには、その操作法やテクニックもよくわからない」
「笹岡さん。ぼくの受信機を使ってください」
 八木は、笹岡が持って来た受信機に手を伸ばした。
「これは、ぼくが改造して、内部に秘話解読用のICを取り付けてあるんです。入感したら、その場でくるりと一まわりするんです。感度のよい方向が発信源です。発信源に近づいたら、アンテナをはずして、代わりにゼムクリップか何かをさしこめばいい。だけど……」
 八木は、ふっと息をもらした。
「発信源を特定するまで、相手が通話をしてくれないことには……」
「それはそうだ」
「笹岡さん――」
 八木が、目を向けた。
「あの発信源、そんなに遠くはないですよ。感度がいいから。おそらく、半径200メートルぐらいの範囲内に、男はいます」


 笹岡は、八木の受信機を手にして、病院をあとにした。駅に向かう。ノートにあったマサミについてもたずねたのだが、よく憶えていないという。
 切符を買って、改札をはいる。ホームには、下り電車が入線しているようだった。笹岡は階段をかけおりた。ホームにとびおりるのと、電車のドアが閉まるのとが同時だった。
「くそっ」
 舌打ちをする。
 電車が動き出した。
 見るともなく見ていた笹岡は、思わずはっとした。
 真沙美!……その電車には、真沙美が乗っていた。見まちがいようはなかった。真沙美はドア際に立って、外を見ている。だが、笹岡には気づかないようすで、おだやかな表情をしていた。
 笹岡は呆然とその電車を見送った。真沙美の姿が小さくなり、電車が轟音を立てて走り去った。
 駅のホームが、ガランと空虚になり、発車案内の電光標示板が切り替わった。
「真沙美……」
 笹岡はホームに立ちつくし、胸をあえがせた。
 真沙美が電車に乗っていたからといって、この沿線に住んでいるとはかぎらない。――笹岡はそう思おうとしたが、その考えには説得力がなかった。
 マサミ。30代。もとホステス。電話の声。電車……。
 まちがいなかった。真沙美はすぐ近くに住んでいる。そして――命をねらわれているのだ!


 笹岡は電車を降りた。
 階段を上る。周囲の人込みを見まわしたが、もちろん真沙美の姿はない。
 あと五秒……五秒早ければ、笹岡はあの電車にとび乗っていただろう。それを思うと、悔やんでも悔やみ切れなかった。
 通りに出た。アパートへの道を歩く。真沙美も、この同じ道を歩いたのだろう。
 笹岡は、周囲に目を配りながら進んだ。通りに並んだ店の一つで、真沙美が買い物をしていることを期待したが、彼女の姿はどこにもなかった。駅近くの銀行などに立ち寄っている可能性もある。
 ガラス・ドア越しに中をのぞきこんだが、休日で店内にはシャッターが降りていて、キャッシュ・ディスペンサーの前には、若い男が一人いるだけだった。
 笹岡は息をもらした。
 アパートが近づいてきた。
 すぐそばを、4メートル道路が走っている。その道路をはさんで北側には、笹岡は足を踏み入れたことがない。
 とにかく、この周辺を歩いてみよう――と、笹岡は思った。アパートの周囲、半径200メートルの地域を、しっかりと目に収めておくつもりだった。
 笹岡は行きつもどりつし、細い道にも足を踏み入れた。建て売り住宅だろうか、真新しい家がある。一階がクリーニング店になっている四階建てのビル。煙草屋。酒屋の上には、美容院がはいっていた。下がコンビニエンス・ストアになったマンションもある。
 笹岡は、どこか見知らぬ土地を歩きまわっている錯覚にとらわれた。


……続く    


 

 

 

 

田宮 規雄(たみや・のりお) プロフィール 

1951年広島県生まれ。占術家の長男として生まれ、父親の薫陶を受けて育つ。23歳から本格的に中国占術の研究に入り、透派13代掌門張耀文師より「印可」を授かる。占い専門学校などでの講師歴は30年に及ぶ。中国系占術のみならず、西洋占星術にも通じている。現在、中国開運占術学会を主宰。日本占術協会理事。
著書に『三式家相盤完成図』『七政星術奥義』などの専門書をはじめ、『秘伝紫薇斗数占術』(祥伝社)、『赤ちゃんの命名事典』(小学館)、『たまひよ版赤ちゃんのしあわせ名前事典』(ベネッセ)、『もっともわかりやすい紫微斗数占い』(説話社)などがある。「MISTY」「恋運暦」「たまごクラブ」などの雑誌でも活躍中。中国占術による鑑定、教授、パソコンソフトの取り扱いなども行っている。
@nifty:アジアン占術物語「中国式四柱推命」「紫微斗数」が人気。
田宮規雄の占い塾HP→http://tamiya.chu.jp/index.html

 

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